東京地方裁判所 昭和50年(モ)9199号 判決 1976年1月30日
申請人 犬丸義和
右代理人弁護士 川上耕
同 船尾徹
同 小池通雄
同 沢藤統一郎
同 市来八郎
同 大川隆司
同 亀井時子
同 坂井興一
同 村野守義
同 宮川泰彦
同 小林和恵
被申請人 ソニー株式会社
右代表者代表取締役 盛田昭夫
右代理人弁護士 馬場東作
同 福井忠孝
同 高津幸一
同 佐藤博史
同 森田武男
主文
一 当裁判所が、同裁判所昭和四九年(ヨ)第二、三七九号仮処分申請事件について、昭和五〇年三月一四日になした仮処分決定を認可する。
二 訴訟費用は被申請人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
(申請人)
主文と同旨
(被申請人)
一 主文第一項記載の仮処分決定を取り消す。
二 申請人の本件仮処分申請を却下する。
三 訴訟費用は申請人の負担とする。
第二当事者の主張
一 申請の理由
(一) 争いある権利関係
1 被申請人は、電機通信機器の製造、販売を目的とする株式会社であり、選定者らはその従業員である。
2 被申請人の就業規則第二九条、第三七条、賃金規則第一八条第一項には、別紙規程類抜萃記載のとおりの定めがあり、右各規定によると、被申請人の従業員は三か月精勤することに三日ずつの褒賞が発生し、三か月の精勤状況が四回連続するとさらに年間の精勤に対して七日の褒賞が発生し、結局一年間精勤すると合計一九日相当の褒賞を、褒賞金又は褒賞休暇として受けることができた。右褒賞については、従業員の側から褒賞金の支給を請求しなければ、当然褒賞休暇が支給されており、褒賞休暇の保有については上限に制限なく、五五才になるまで従業員は自由にこれを褒賞休暇として、使用し、又は褒賞金として、精算することができた。また、褒賞金として精算するときは当該従業員の精算時における賃金を基礎として精算されていた。右のような制度は二〇余年間、行なわれてきた。
3 選定者らは、昭和四九年一一月一〇日当時(但し、選定者長田民子、同六浦芳道、同小美野仁子については、同月四日当時。以下同じ。)、褒賞休暇を保有していた。
4 ところが、被申請人は、昭和四九年一一月一一日賃金規則第一八条第四項(以下「改正賃金規則」という。)を新設し、「第一項において発生した褒賞は、褒賞休暇または褒賞金として保留することができる。但し、毎年三月一五日までに、年間発生日数を超える日数については、褒賞金として精算する。」と改正した(但し、被申請人厚木工場に勤務する選定者長田、同六浦、同小美野に適用される賃金規則については、同月五日改正した。)。右改正は、施行期日を同年三月一六日と定められており、改正の効力は改正日に生じた。
5 被申請人は、選定者らの保有している前記褒賞休暇について改正賃金規則が適用されると主張しているが、改正賃金規則が適用されると、選定者らは、昭和五〇年三月一六日以降、年間発生日数一九日を超える分を褒賞休暇として保有することができないことになり、超過分は被申請人によって褒賞金として精算されてしまうことになる。
6 しかし、右賃金規則の変更は、従業員の既得の権利を制約したり奪ったりするものであるから、選定者らの既得の褒賞休暇について改正賃金規則を適用することは許されない。よって、選定者らは、被申請人に対し、昭和四九年一一月一〇日(但し、選定者長田、同六浦、同小美野については同月四日)当時保有していた褒賞休暇を改正賃金規則にかかわらず、昭和五〇年三月一六日以降においても保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算することができる地位を有する。
(二) 保全の必要性
被申請人は、選定者らが昭和四九年一一月四日当時保有していた褒賞休暇について、改正賃金規則を適用しようとし、選定者らがその適用を受けない地位にあることを争っている。かくては、昭和五〇年三月一六日以降において、選定者らは褒賞休暇を休暇として使用し又は褒賞金として精算することができなくなり、混乱を生じ、選定者らは著しい損害をこうむることになる。そこで、申請人は、昭和四九年一一月七日、東京地方裁判所に本件褒賞休暇請求権行使の仮処分命令を申請し、昭和五〇年三月一四日、主文第一項記載の仮処分決定を得たが、右決定は相当で、なお維持する必要があるから、その認可を求める。
二 答弁
(一) 申請の理由(一)の1の事実は認める。
(二) 同(一)の2の事実中、褒賞については従業員から褒賞金の支給請求がなければ、当然褒賞休暇が支給されていること、このような褒賞制度は二〇余年間行なわれてきたことは否認する、その余の点は認める。
(三) 同(一)の3ないし5の各事実は認める。
(四) 同(一)の6の事実は争う。
(五) 同(二)の事実のうち、第一段は認める、第二段は争う。
三 被申請人の主張
(一) 本件賃金規則の改正は、選定者らに何らの不利益を与えるものではないから、選定者らはその適用を受けることを免れない。すなわち、本件賃金規則の改正は、褒賞休暇の発生、取得方法、その日数、褒賞金として請求する方法などの従来の取扱いに何らの変更を加えるものではなく、単に、褒賞休暇の保留日数の限度を一九日として、毎年三月一五日限り右限度を超える日数を褒賞金として、その時点での賃金を基準として精算することに変更したものである。右によれば、選定者らは保留休暇日数に対応する褒賞金を支給されるものであるから、選定者らの既得権の侵害になるものではない。
(二) 仮に、本件賃金規則の改正が、選定者らの労働条件を不利益に変更し、既得の権利を奪うものであったとしても、以下のように右変更には合理的な理由があるので、個々の従業員はその適用を拒否することはできない。
1 褒賞制度は、被申請人の前身である東京通信工業株式会社の昭和二三年の就業規則第二四条により、当時の食料難時代における食料買出しのための有給休暇として定められたことに由来する。当時は精勤すれば年間二二日の有給休暇が発生したが、発足一年後従業員からの要望により法定の超過勤務割増率の八時間分で買い上げることとなり、昭和三一年の就業規則の改正により現在とほぼ同様の制度となった。その後、褒賞金とする場合の計算方法に若干の変更があり、また、昭和四六年一月一六日から一か年の発生日数が一〇日から七日に減少することになるなどの変更があって、現在の制度に至っている。昭和三〇年までは褒賞休暇として使用することも褒賞金として精算することも比較的自由に運用されてきたが、昭和三一年からは発生時に褒賞金としない場合は褒賞休暇として保留され退職時以外には褒賞金として精算できないこととなった。ところが、従業員から子女の病気、結婚、家屋の増改築のため資金を必要とする場合には被申請人が買取ることを認めて欲しいとの希望があり、昭和四五年から休暇としてのみ保留できるとの原則を改め、特段の事由ある場合は精算を認めることにした。しかし、近年では保留した褒賞休暇を精算するに際しての精算理由は形式的なもので、全く自由に精算できるようになっていた。また、保留している褒賞は年次有給休暇と同一の方法により休暇として行使することもできた。以上のように、褒賞制度は当初の休暇として利用するのとは全く異なる制度に変遷してきており、本来であれば褒賞制度自体を改廃すべきであるが、被申請人は全面的改廃はしないこととし、単に休暇保留日数の限度を制定するに留めたものであり、改正の範囲は最少限度であって、褒賞制度設置の沿革から見ても合理的かつ妥当である。
2 褒賞休暇の保留は、従来無制限になされてきたが、かくては被申請人の負担経費が莫大なものとなり遂にはその負担能力を越え、被申請人の存立自体をも危うくするから、本件賃金規則の改正は合理的理由がある。すなわち、褒賞金は精算時の賃金を基礎として精算されるのであるが、過去一〇年間の被申請人における平均昇給率は二〇パーセントであり、特に昭和四八年度は二四・一パーセント、同四九年度は三七・二パーセントという大巾なものであり、これにより将来被申請人は莫大な経済的負担を余儀なくされる。ちなみに昭和四九年三月一五日現在全従業員の総褒賞休暇日数は三九四、八五七日、金額にして約一八億円であり、過去一〇年間の平均昇給率は二〇パーセントで今後五年間昇給が続いた場合昭和五四年三月一五日現在で約一一三億円にも達する。しかも税法上、褒賞の債務引当が三〇パーセント強の範囲でしか損金として認められないことから、引当分の六〇パーセント強については益金として法人税、地方税をも負担しなければならない。要するに、経済状勢の変動に対応するための本件賃金規則の改正は、企業の存続をはかるうえからみても合理的な理由を有する。したがって、原仮処分決定は不当であり、取り消されるべきである。
四 被申請人の主張に対する認否
(一) 主張(一)の事実は争う。
(二) 同(二)の事実のうち、1の褒賞制度の経過が被申請人主張のとおりであったことは認める、その余の点は争う。
第三証拠≪省略≫
理由
一 申請の理由(一)、1の事実は当事者間に争いがない。
二 ≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実が認められる。
被申請人において、褒賞制度は、昭和二三年その前身である東京通信工業株式会社時代に始まり、昭和三一年の就業規則の改正により現在とほぼ同様の制度が確立し、その後若干の手直しがなされたが、昭和四九年一一月一〇日当時においては、別紙規程類抜萃記載の定めによって行なわれていた。これによると、被申請人の従業員は、三ヵ月精勤するごとに三日ずつの褒賞が発生し、三ヵ月の精勤状況が四回連続するとさらに年間の精勤に対して七日の褒賞が発生し、結局一年間の精勤に対して合計一九日相当の褒賞を、褒賞金又は褒賞休暇として受けることができた。褒賞制度の運用についてみると、昭和四五年以降は、従来の、褒賞発生時に褒賞金としない場合は褒賞休暇として保留され退職時以外には褒賞金として精算できない、という取扱いを改め、特段の事由がある場合には褒賞金として精算を認めることになった。しかし、その後の運用では、右精算の事由は単に形式的なもので足りるとされたため、全く自由に精算できるというのが実情であった。加えて、褒賞金として精算する場合は、その時点における当該従業員の賃金を基礎として計算され、褒賞休暇の保有日数について制限はなく、従業員は五五才になるまで、褒賞休暇を休暇として自由に使用し、又は褒賞金として精算することができた。
三 申請の理由(一)・3の事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、選定者らの昭和四九年一一月一〇日当時における褒賞日数は、少い者では二〇日多い者では一二一日に達していたことが認められる。
四 以上によれば、選定者らは、昭和四九年一一月一〇日当時、後述する改正賃金規則に掲げる「年間発生日数」の限度である一九日を超える褒賞日数をいずれも保有し、かつ、五五才になるまでの間、右日数を褒賞休暇として自由に使用するか又は精算時における各人の賃金額を基礎として褒賞金として精算する権利をそれぞれ有していたものである。
五 申請の理由(一)・4の事実は当事者間に争いがない。
被申請人は、改正賃金規則は選定者らに対してもひとしくその改正内容どおり遡及して適用される旨主張する。
しかし、本件改正の施行期日を前記のとおり定めたとしても、改正の内容が、上述したところから明らかなように、選定者ら従業員が改正日の前日現在においてすでに具体的に発生し保有している褒賞休暇に関する権利を一方的に制約する等従業員に対して不利益を課するものである以上、その施行期日まではもちろん本件改正日から遡及して改正の効力が生じないことは明らかである。被申請人は本件改正の合理性を強調するが、改正日以降における改正賃金規則の効力を問題とする場合であればともかく、改正の遡及効だけが争点となっている本件においては、考慮すべき余地はない。
六 保全の必要性
申請の理由(二)の第一段の事実は、当事者間に争いがない。選定者らは、昭和四九年一一月一〇日当時保有していた褒賞休暇について、本件改正賃金規則を適用されると、昭和五〇年三月一六日以降において、褒賞休暇を休暇として使用し又は褒賞金として精算することができなくなり、混乱を生じ、著しい損害をこうむることは、弁論の全趣旨により認められる。
七 結論
よって、本件仮処分申請は理由があるから、本件仮処分決定を認可することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮崎啓一 裁判官 佐藤栄一 仙波英躬)
<以下省略>